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2009年4月30日 (木)

海が割れるのよ

 倉敷市児島唐琴の沖合1kmのところに、大潮のときだけ姿を見せる
 幻の島、高洲があります。女房が「行こうよ。行こうよ」と、せがむので、
 潮干狩りに出かけました。

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 ここで乗船券を買って

Image1 

 この船で渡ります。桟橋と船の間に、船よりちょっと長い、もう一つの
 桟橋がはさまれているのが、おわかりでしょうか。テントの骨組みが
 立ってるところです。そろそろ、出航するというのに、なかなか、皆さん
 船に乗り込もうとしません。「はーい。出航します」と、船長さんが
 言っても、何人か船に乗り込んだものの、ほとんどの人は、まだ、
 船の横の桟橋の上です。ついに、船が動き出す頃になって、やっと、
 その意味がわかりました。皆がいる桟橋は浮き桟橋で、船で高洲に
 運んで、そのまま、高洲側の桟橋になるのでした。

 高洲には、デジカメは持って行きませんでした。砂や海水で汚れた
 手では、シャッターを押すことはできませんし、万一、落としたら、
 一巻の終わりです。持って行けば、いろいろ、珍しい写真も撮れた
 でしょうけどね。海の真ん中に立って、瀬戸大橋を眺めたり、すぐ
 近くまで行っても逃げようとしない水鳥や、ナナフシの子供みたいな
 水性昆虫?とか、幻想的な夕日、漁村の灯火が、海中から眺めると
 漁り火のように見える光景とか、いっせいに潮を吹くマテ貝などなど、
 被写体には事欠きませんでした。でも、貝掘りに忙しいし、ゴム手を
 用意するなど、写真を撮るためには事前準備が必要です。

 着船直後は、長さが100mもない極小の島だったのに、汐が引いて、
 どんどん干潟は大きくなっていきました。最後には、ゆうに全長1kmを
 超えたと思います。タイラギ貝やマテ貝を採るのは初めてです。しかし、
 この高洲に来たのは、おそらく初めてではなく、小学校の頃に来た記憶が
 あります。とにかく、海の中に出現した州をブラブラ歩いて、サザエの
 貝殻を見つけて拾ってみると、貝殻ではなく、ちゃんと生きていたので
 ビックリしたことを覚えています。あとで、壺焼きにして食べたことと、
 壺焼きという調理法があることを知って驚いたことなども覚えているの
 ですが、学校の遠足のような状況で訪れたのか、家族とともに行ったのか、
 そのあたりの記憶が、全く欠如してしまっています。でも、少なくとも、
 潮干狩りが目的ではなく、海の中に、こういう不思議な場所があるんだ
 ということで連れて行ってもらったような気がします。

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 マテ貝と、バカ貝、タイラギ貝にツメタ貝と、アラメ、ニシのたぐいなどが
 採れました。

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 マテ貝は、バター炒めに、巻き貝は茹でて、ショウガ醤油でいただき
 ました。タイラギ貝は、貝柱を刺身で、二枚貝は一部をみそ汁にして
 おいしくいただjきました。二枚貝は剥き身にしたものが残ってます
 から、また、何かの料理に使われるはずです。
 

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2009年4月22日 (水)

メグちゃん(仮名)のお世話 II

 取り寄せを頼んでおいたメグちゃん(仮名)のワイヤーですが、3本のうち
 1本の納期がかかって、20日にやっと届いたとの知らせがありました。
 さっそく、バイク屋さんに持ち込んで取り替えてもらいました。そのくらい、
 自分でやれよという声もありそうですが、安全がからむ部分は、やはり、
 餅は餅屋なのです。アクセルや、クラッチの調整だけでも、正規の
 状態がまだわかっていない私がやってしまうのは、ちょっぴり無謀と
 思えたのです。心配なのは工賃なので、いくらぐらい?とメカニックに
 たずねると、はて~?という表情だったので、できるだけ、安めにと
 お願いしておいたのでした。

 昨日、メグちゃん(仮名)を引き取りに行きました。ワイヤーの取り替えの
 ために、ガソリンタンクを外す必要があったそうです。フレームに沿って
 ワイヤーを取り回してあって、タンク裏でエンジン側とミッション側に
 それぞれのワイヤーを振り分けるようになっているので、タンクを
 外さざるを得なかったようです。調整もしてもらって、工賃 2,800 円は、
 お安くしてくれてるでしょ?感謝、感謝。

 引き渡しをしてくれたときに、「もう、他に改造は?」とメカの方が、
 「このイタズラっ子め」という表情でたずねるので、私は、正直に、
 ナビとフォグランプの取り付けを考えていると白状しました。そこで、
 意外な事実が。

 私の乗ってるエイプは、バッテリーレスなので、電気系統のほとんどが
 交流のまま取り回されていて、直流に変換されているのは、ウィンカーと
 テールランプなど、わずかだというのです。となると、インバーターの
 能力には余裕がないでしょうから、フォグランプは、直流LEDよりも
 交流ランプを積んだほうが話が早いかも。ただし、ランプ探しと、配線を
 計画するだけでも、頭脳がヒートしそうです。ナビを動作させるには、
 バッテリーを積むしかないでしょう。テールランプへの配線を分岐させて
 走行中の充電を考えますかねえ。屋根をつけて、ソーラーで充電!って、
 できませーん。

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2009年4月19日 (日)

春というよりも

 完全に初夏の陽気でした。こんな日に、シャカリキになって野良仕事を
 したところで、熱射病になりかねませんから、県北へと脱出しました。
 やまなみ街道という名の広域農道の南端部あたりなら、ワラビも
 採りごろかと目星をつけて行ったのですが、中央部あたりでも、もう、
 完全に出遅れ状態。これは、いっそ、蒜山高原あたりまで北上した
 ほうがいいのでは?という気持ちにもなりましたが、まあ、来年の
 下見も兼ねてということで、やまなみ街道をもう少し走ってみることに
 しました。元気な、おじいさん、おばあさん達がグランドゴルフを楽しんで
 いらっしゃる広場の横に車を駐めて、そのあたり一帯を探してみました。
 やはり、葉が開いたものが多く、また、誰かが、既に採取したあとも
 あります。それでも、一時間ほどで、そこそこ、採れました。

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 さっと、湯通しして重曹でアク抜き中です。ゼンマイは若干ありましたが、
 タラの芽は、小さいのが一本だけしか採れませんでした。

 午後3時ごろには、里山に帰り着いたのですが、帰路、道路脇に表示される
 気温は、30℃を超えていました。

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 里山は、まだ、春まっさかりで、レンゲと菜の花の競演です。さるお方にも
 (誰が猿じゃ! ← お約束)ご心配いただいたジャガイモですが、

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 枯葉のフトンをめくってみると、立派に芽を出していました。良かった。
 良かった。

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2009年4月13日 (月)

昔、通った道

 12日は、町内の花見で、30人ほど集まって、町内の公園の桜の
 下で楽しく歓談したのでした。南側の樹は、すでに葉桜でしたが、
 頭上に枝を広げる桜は、まだ、あまり葉も目立たず、なんとか間に
 合ったようでした。隣に座ったおじいさんは、四国88ヶ所やら、
 西国33ヶ所、東北三十六不動尊霊場を仲間と巡り、今は、関東の
 三十六不動尊霊場を順にお参りしているんだそうです。他の仲間は、
 信心深いが、自分は、そうでもないのだけれど、恐山に行くとき
 道案内を頼まれたのが、きっかけで、一緒に行くようになったのだと、
 おっしゃってました。それもそのはず、長く観光バスの運転手を
 なさっていて、それも、木炭バスやら、薪自動車のころから乗って
 らしたんだそうで、岡山と兵庫の県境の三石峠を、なかなか、登る
 ことができなくて、苦労した話なんかもしてくれました。

 まあ、飲みながらの昔語りですから、話は、あちこちに飛びながら、
 戦争中は、予科練の飛行機乗りだったこと、その飛行機も少なくなって、
 乗る飛行機がないものだから、横須賀で水中特攻の訓練を受けたこと、
 そのとき、苛性ソーダを誤って飲んで、死にそうになった話、三重の
 志摩に配属になって、耐寒遠泳訓練中に特に低温の海水域で気を失い
 沈んでいくところを仲間に助けられたこと、息子が親の影響で飛行機
 好きになり、世界中の飛行機の機種を暗記したことなど、私の質問に
 答える形で、ぽつりぽつりと語ってくれたのでした。

 そんな話の中、苛性ソーダと潜水との関係が、よくわからなかったので
 帰ってから調べてみると、伏龍特攻隊に関する記述の中に答えがあり
 ました。海中に身を潜めて、5mの竹竿の先に爆弾をくくり付けた
 五式撃雷という名の兵器を持ち、頭上を通過する敵の上陸用舟艇に
 向かって突きだして爆破させるという戦法です。この特攻の訓練に
 使われた潜水装置は、鼻から酸素を吸って口から吐き、吐いた呼気の
 中の二酸化炭素を苛性ソーダに吸引させて、再び、吸気用にと利用する
 仕組みだったのです。循環式なので、あぶくが出ず、敵に発見され
 にくい利点があるというのです。この訓練中に、鼻から吸って口から吐く
 という決まりを一度でも間違えると、苛性ソーダを飲み込んで、体内の
 水分と反応し、口から胃にかけて焼けただれるのです。その方も、
 そんなふうに苛性ソーダを誤飲して苦しさに命綱にしがみついたもの
 ですから、海上の仲間が異変に気づいて、すぐさま引き上げられて、
 大量の水を飲まされる、胃洗浄によって一命をとりとめたというわけ
 でした。

 少し、飲み過ぎたようで、花見から帰って、午後4時近くまで寝て
 しまいました。まだ、アルコールが残っているでしょうから、車で
 出かけるわけにもいかず、女房をさそってというか、気が進まない
 と言うのを少しばかり強引に連れ出して、子供の頃、水晶を採りに
 行っていた山を目差す散歩に出かけました。ずいぶんと昔の印象と
 違うところや、どことなく、風情を残した町並みのなか、動物園の
 横の道を登っていくと、見覚えのない墓地が広がっていて、それでも
 水晶を採りに行った山へ続く道らしき道を見つけたのですが、その
 途中に門が見えました。つまり、そこから先は、明らかに私有地で、
 その道を登るわけにもいかず、墓地の中の道を迂回する形で進んで
 行きましたが、子供の頃に登った道に合流できそうな道はなくて、
 あきらめて山を下り、山裾を巡って、めったに歩いたことのない道を
 ぶらぶらと家路につきました。

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