2009年12月 1日 (火)

オフラインで google マップ

 先日来、妄想じみた願望に囚われて、あれこれ、関連のブログを
 読んだり、ツールや情報を集めたりしています。かれこれ、30年
 くらい昔に、シベリア鉄道+ユーロ鉄道パスを使う、ヨーロッパ
 貧乏旅行なるものにあこがれて、あれこれ、調べたときの状況に
 似ています。でも、安いとは行っても、当時のお金で35万円くらい
 かかり、半端なバイト程度では捻出できそうもない金額だったので、
 いつしか、あきらめてしまいました。その夢よ、もう一度というわけでも
 ないのですが、どうやら、シベリア横断道路が完成したらしく、車で
 ヨーロッパまで行くことが可能みたいなのです。でも、すべてのルートが
 舗装されているわけではないのと、必ずしも治安がいいわけでも
 ないので、冒険と言えば冒険、妄想と言えば妄想としかいいようのない
 願望なのですが、まあ、いろいろ、調べるぶんには、費用もかからないし、
 何の危険もないので、あれこれ空想したり調べることを楽しんでいます。

 まずは、ルート確認ということで、google 地図の航空写真モードで
 見ていくと、シベリア横断道路が、はっきりと確認できます。ずーっと、
 道を追っていくと、道を間違えて、カザフスタンに入りかけてしまいました。
 それまでにも、何ヶ所か、道に迷いそうになる場所がありました。
 これは、ナビなしには、ムリだなと調べていくと、シベリアや、ヨーロッパを
 旅できる日本語表記のカーナビは、市販されていないようなのです。
 まあ、極端に需要は低いでしょうから、当然とも思えますけれども。

 じゃあ、せめて、パソコンで見ることができる世界地図がないかと
 調べてみると、FLand-Ale日本世界地図というのがありました。
 日本地図と世界地図をシームレスに拡大・縮小表示が可能な
 地図ソフトです。しかも、フリーウェア。さっそく、インストールして
 みましたが、さすがに、簡素すぎて、物足りません。さらに、あれこれ、
 調べてみると、なんと、google マップをパソコンに取り込んで、オフ
 ラインで、表示できるという、なんとも、とんでもなく、うれしいソフトが
 ありました。しかも、LinuxZaurus なら、GPS現在位置表示が可能!
 というところまできているようなのです。

 GM_Lite というのが、そのソフトで、これも、うれしいことに、フリーソフト
 です。最新版の GM_Lite 0.1.4 は、ここから入手できます。さっそく、
 ダウンロードしてインストールしました。内包された down_imgs2.bat を
 実行して google マップを取り込もうとすると、サイズゼロの地図画像が
 大量に保存されてしまいました。これは、Google 側のアップデートにより、
 ダウンロードが制限されているためです。google マップの取り込み用には、
 GmlMgr(GM_Lite Manager) というツールが作成されていて、ここから、
 入手できます。これを使えば、google のダウンロード制限を回避する
 ことができます。

Google

 GM_Lite も、GmlMgr も、Windows 機で動かすには、ActivePerl を
 インストールしておく必要があります。もう一度、導入手順を説明
 しますと、

 1)ActivePerl をインストールする。
 2)GM_Lite をインストールする。
 3)GmlMgr をインストールする。
 4)GmlMgr を使って、google 地図を取り込む。

 といった順序になります。ActivePerl の入手とインストール方法に
 ついては、ここが、参考になると思います。GmlMgr を使ったgoogle
 地図の取り込み方法は、down_maps.pl を実行するだけですが、
 取り込む範囲や、さらに詳しい地図を手に入れるためには、
 GmlMgr/gmlmgr/range/main フォルダの中にある dat ファイルを
 書き換えて、ふたたび、down_maps.pl を実行します。dat ファイルを
 どのように変更すれば、思うような地図が入手できるかについては、
 ここを参照していただけばいいのですが、ちょっと、わかりづらいと
 思われますので、その文中にある data.zip をダウンロードして、
 中身をメモ帳などで確認して、再度、説明文を読めば、おおよその
 ことがわかってくると思います。今、japan.dat を書き換えて、全国の
 zoom6 から zoom3 までの地図と、japanopt.dat の地図を取り込みに
 いってますが、500万ファイル以上をダウンロードすることになりそう
 です。このあと、zoom13 から zoom7 までの世界地図を取り込んで
 みようと思っていますが、果たして、どのくらいのHDD容量を要求
 されるものやら…

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月14日 (金)

鯖移転

 ホントは、6月を迎えるまでに行いたかったサーバーの移転ですが、
 「明日できることは今日しない」という主義がジャマして、今日に
 至りました。まずは、我がコクピットで、騒音と熱を発生しまくりの
 デスクトップを今は使っていない浴室に移転しました。

Img_2712_2

 イチバンのポイントは、扇風機です。外付けHDDを冷却するために、
 24時間回しっぱなしにします。この扇風機冷却のために外付けHDDを
 展開するスペースがなかったので、湿気や気温が上昇する6月までに
 移転したかったのです。余った風で、外板を外してスケルトン状態に
 なったサーバー本体も冷却してやります。

 基本的には、家の中をこっちからあっちへと運んでセットするだけ
 ですから、作業は、小一時間で終わりました。さて、試運転して
 みると…あれれ?サーバーから、インターネットは見えますが、
 インターネット側からサーバーを見ることができません。Oh,No!
 ネットワークトラブルです。このトラブルが発生すると生半可なことでは
 解決しません。案の定、2時間ぐらい、あれこれやってみましたが、
 ラチがあきません。

 長年の習慣から、こういうときは、徹底的に原因を究明するのでは
 なくて、この状況にいかに対応するかを先に考えます。その結果が、
 ↓↓↓でした。

Img_2723

 デスクトップの代わりにノート鯖を持ってきてみたのです。無事、
 インターネット側から接続できるようになりました。最大の目的は、
 外付けHDDの冷却でしたから、サーバーは、ノートであろうが、
 デスクトップであろうが、ほとんど問題ないのです。ただし、
 エイリアスの設定をやり直してやるという、うっとうしい作業が
 発生しますけど。

 で、デスクトップ鯖のほうは、どうしたかというと、

Img_2721

 押し入れにセットしました。我がコクピットから、スープの冷めない
 距離にあるので、ファンの騒音は緩和され、メンテナンスが必要な
 ときには、すぐ行けるという、これはこれで、良い収まり方だと
 言えるのです。

 ノート鯖のほうは、敷地内ですが、一応、離れと言うことになるので、
 メンテナンスが大変です。そこで、いつも使ってるパソコンから、
 リモートコントロールで操作するつもりでしたが、なんと!接続でき
 ません!これも、一時間以上かかって、やっと、解決。

 昨夜、9時過ぎから始めた鯖移転が、すべて、完了したのは、
 結局、今朝の9時頃。もちろん、途中、睡魔に襲われて、かなり、
 寝ちゃいましたけど。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年6月18日 (木)

そろそろ、寿命。

 いまだに、ディスプレイは、ブラウン管です。

Image1

 SONY の Trinitron Multiscan G200 17インチ いつごろ買ったものか
 記憶を呼び起こそうにも、とっかかりがありません。何か、記録でも
 ないかと、探してみると、ありました!なんでも、捨てないで取っておく
 習慣があることは自覚してますが、何も、このディスプレィを買ったときの
 レシートまで、取っておかなくても…と、我ながら、あきれます。購入日、
 1999年10月25日。購入価格、45,800円。このとき、15インチのものも、
 比較検討したようで、SONY の 15インチが、27,800円。もっと、安い
 メーカーの 15インチが、17,800円だったようです。ついでに、このとき、
 買った部品と、その価格は、筐体が、10,800円。キーボードが、2,800円。
 CPU は、Pentium III 450MHz が、23,800円をデュアルで、メモリが、
 128MB、なんと、29,800円!!!ふたつで、59,600円。去年、秋葉原で
 買った128MBのメモリは、128円でした… HDDも、25GBで、29,800円!
 先日買った1TBのHDDが、7,970円。他にも、ビデオカードやら、FDDやら、
 マザーボードに、CPUファン、LANカードや、ケーブル類も買ったようで、
 総額 237,048円のお買い物。自作機を組み立てました。最初のデュアル
 CPU機ですね。

 まあ、そういう昔話がしたいのではなくて、ディスプレィの寿命が、
 いよいよ、尽きようとしてるようで、先日から、すぅーっと画面が暗く
 なったり、真っ暗になって、何も見えなくなったりするのです。さいわい、
 数秒で、元に戻るので、今のところ使えるのですけど、近いうちに、
 まったく使えなくなってしまうのは、間違いないでしょう。問題は、
 それが、どのくらい「近いうち」なのかっていうことなのですが、とにかく、
 近いうちに、ディスプレィを買い替えねばなりません。いまさら、
 ブラウン管のディスプレィは、入手できないでしょうから、液晶って
 ことになりますが、さて、どこのどれを買うべきか…
  

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年12月29日 (月)

恐るべきドコライフ

 外出先でのインターネット接続には、長く、PHSを使っていました。基本
 料金は、月額980円。通信料金は、全国どこからでも、同一アクセスポイント、
 同一料金の完全従量制。よく使った月でも、基本料を含めて、1,500円程度で
 済むという低価格が魅力でした。しかし、64Kという古典的速度と、少し、
 市街や幹線道路から外れると圏外になってしまうとういう使い勝手の悪さも
 あって、ハードの寿命が尽きたことから、携帯へと移行することにしたのが、
 今年の5月。USB 接続ケーブルも、同時に購入しておいたのですが、FOMA は、
 パソコンがなくても、一応、ネットへの接続が可能なので、設定しないまま、
 ずっと、放置していたのです。しかし、フルブラウザは特有の使いにくさが
 あって、しかも、あの携帯の小さな画面とキーボードなしでの操作は、かなり、
 ツライものがあります。aokun さんのマネというわけではありませんが、
 明日から、hana ちゃんに乗って脱出を企てているものですから、やっと、
 一昨日あたりから、設定にとりかかりました。

 まず、最初に、FOMA を一種のUSB機器として使えるようにするために、
 各種ドライバをインストールしなければなりません。この作業は、本来で
 あれば、FOMA 購入時に付属してる CD-ROM を使えば簡単にできるはずの
 ものですが、「既にFOMA通信設定ファイル(ドライバ)がインストールされて
 います。もしくは、FOMAの「USBモード設定」が「通信モード」に設定されて
 いるかご確認ください。」というエラーメッセージが出て、その先に進む
 ことができません。あれこれ、調べてはみましたが、なかなか、よい解決法が
 ヒットしなかったので、昨日、ドコモショップに行って、そこから、通信
 関係のサポートに電話してもらい、すべてのドライバーをインストール
 することができました。どうも、CPU が非力なパソコンの場合、失敗する
 ことがあるみたいだとの話でした。インストーラーに頼らないマニュアルでの
 ドライバーのインストール方法は、知ってますが、Drivers のフォルダに
 複数のドライバーがあるので、どのドライバーをインストールすればいいのか、
 判断できなかったので、ドコモショップに出向いたのでした。結果から
 言えば、手当たり次第に順不同でいいから、複数のドライバーをひとつずつ、
 全部インストールすればいいだけの話でした。さらに言えば、家から、
 サポートに電話すれば、解決したのでしょうけど、それは、結果論であって
 ドライバーのインストーラーが、うまく、働かないのがレアケースなのか、
 よくあるトラブルなのか、事前には、判断できるはずもなく、ドコモの
 店頭に持ち込んだほうが、実際に、目の前でトラブルを見てもらうことが
 できるので出かけたのでした。サポートに電話が繋がりにくくても、イヤ
 ですし。

Img_1688

 帰宅して、続きの作業にとりかかったのですが、ドライバーさえインストール
できちゃえば、FOMAバイトカウンタやPC設定ソフトのインストールや設定は、
 簡単でした。試しに繋いでみると、わずか、2ページほど、閲覧しただけで、
 500パケットを超え、料金も107円と出ました。これは、ヤベェので、またまた、
 ドコモショップに走り、パケ・ホーダイ ダブルを申し込んできました。帰宅
 してから、もう少し、詳しく、パケ・ホーダイ ダブルの中身を調べてると、
 なんと、パソコンでの接続は、定額の対象外となってるじゃありませんか。
 またまたまた、ドコモショップに走り、その点について質問し、もっと、よい
 割引はないのかと聞くと、パケ・ホーダイ ダブル を契約していれば、
 1パケットあたりの料金が、0.2円→0.08円と割引になるので、パソコンでの
 接続に関しても、かなり、お安くなりますよとの説明で、他の割引に比べても
 かなり、有利だとのことなので、そのまま、パケ・ホーダイ ダブル を継続し、
 来月末に解約することにしました。で、また、外出先でのインターネット接続が
 多くなりそうなときに、その時点で、パケ・ホーダイ ダブル を契約し、不要に
 なったら、解約と、繰り返していく作戦とします。

 それにしても、このパケット通信料。恐ろしいですね。ためしに、ドコライフに
 接続してみると、約10,000パケット。パケ・ホーダイ ダブル に、入っていても
 800円です。単に繋げば、2,000円。サイズのでかい画像が多いからでしょうが、
 あな、恐ろしや。映画料金なみなのですゾ。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007年11月21日 (水)

ブラウザ

 表向き、セキュリティ上の理由からということにしていますが、実は、
 好き嫌いから、ずっと、IEは極力使用しないで、Netscape を利用して
 きました。しかし、日本語版に関しては、Netscape 7.1 からずっと、
 アップデートされないままなので、さすがに、不具合が目立つように
 なってきました。英語版の Netscape 9.0 を試しに使ってみたところ、
 スイスイ動くのは、いいのですけれども、メーラーも、HTML編集
 ツールである、Composer も、なくなっていて、魅力に欠けるし、
 英語が苦手な私には、やはり、使いにくかったのでした。

 そんな中、ある人に、教えられて、二週間ほど前から Sleipnir
 使い始めました。Netscape で、さんざん、タブブラウザの便利さを
 知ったため、今さら、タブブラウジングできないブラウザなんて、
 使おうとも思いません。しかし、好き嫌いは別としても、使ってるOSが、
 Windows 2000 なので、Internet Explorer 7 は使えないし…と、
 じくじくしていました。ところが、Sleipnir を使ってみると、かかえていた
 問題を次々に解決してくれるではありませんか。特に、HTML レンダリング
 エンジンに、Tridentエンジンも使えるというのは、正直、助かります。
 単に好き嫌いという理由だけのために、Gecko を使い続けることに疲れを
 感じていましたから。

 今は、徐々に、Sleipnir のプラグイン追加やカスタマイズを進めている
 ところです。この作業が、ひととおり、済めば、ちょっと、手放せない
 ブラウザとなる予感は、外れそうにありません。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006年12月12日 (火)

セキュリティ

 昨日、イントラネット導入期の記事を書きながら、導入に至るまでも、
 導入後も、いろんな場面で、さまざまな強引な方法を用いたことを
 思い出したのでした。中でも、いつもメールをチェックする習慣が
 なかなか身に付かない某部長に、軽く、「特訓が必要ですかねー」と
 言ってしまったとき、ものすごい表情で見返されたことは、はっきりと
 覚えています。WWWも、プロクシも、メールサーバーも、すべて、
 フリーソフトを使いましたが、全拠点に配置するPCや、配線工事、
 サーバー用の新規PC購入など、700万円ほどかかるプロジェクト
 でした。それなりに、あせっていたところもあったのでしょう。社内に
 文書を配布する場合、印刷して参度便で送るという、それまでの
 方法から、イントラの掲示板の添付文書として送付するという
 方法へと、全部所において変更してもらうことは、比較的、早く
 取り入れてもらえました。しかし、本部からの情報のたれ流しでは
 なく、拠点との双方向の情報のやりとりをという点においては、
 いまだに実現できていません。それを真から望む人も、それを
 推進するために、あらゆる方策を尽くそうという人も、元々、
 掲示板に書き込む人というのは、数百人にひとりという割合なのだ
 と知っている人もいないからです。私の失敗は、こうした改革には、
 ひとりでも多くの賛同者を作っていく必要があるのに、性急に
 事を進めようとして、逆に、どんどん、周囲に敵を作っていった
 ことにあったのでした。さらに言えば、まえの事業は、バブル崩壊に
 よって失敗したように、イントラ導入をきっかけに、のしあがって
 やろうという野望が潰えたのは、「IT革命は起きなかった」ためと、
 どこか、時代のせいにしていたところがあったのですけど、それ
 以前に、事業を遂行していく上で、もっとも、大切なことを忘れて
 いました。バブル崩壊を、あらかじめ、見通せなかったのは
 仕方ないとしても、それが起きたあとに、バブル崩壊がもたらした
 本当の意味合いを見誤ったのも、IT革命は、結局、起きたの
 ですが、明治維新か何かのような激烈なものではなくて、気が
 ついたら、IT革命後の世界に、我々は住んでいるじゃんっていう
 ような、想像していたのとは、まったく、違ったカタチだったことも、
 失敗の大きな理由ではありませんでした。事業を成功させる
 ために、最も重要なこと、つまり、人間に対する理解が徹底的に
 欠けていたのでした。

 コンピューターウィルスというものがあるらしい。何?それ。って
 いう時代に、セキュリティ対策の重要性を、いくら説いたところで
 誰も喜ばないのは、当然です。DOS攻撃?それが、何か?
 まあ、適当に処理しといてよという感覚が、普通の感覚だという
 ことを理解した上で、事を進めるには、ひとりずつ、味方を
 増やしていくしかなかったのに、強引傲慢に展開を急ぎ、
 敵ばかり増殖させていったのでした。サラリーマン生活に
 おけるセキュリティ感覚が完全に欠けていたのです。社内
 起業だったから、職を失うことも、多大な借金を抱えることもなく、
 平和な生活ができていますが、もし、自分で事業を起こして
 いたのであれば、この寒空の下、路頭に迷っていたことでしょう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月11日 (月)

インターネット

 初めて、自宅からインターネットに接続できたのは、1996年の3月の
 ことでした。どうすれば、インターネットに接続できるのか、それを
 調べたり、必要なツール(PPPダイアラーとか、ニューズグループ
 リーダーとか)を入手するためには、パソコン通信が必須でした。
 当時のOSは、Windows 3.1 で、ブラウザは、Chameleon でした。
 メーラーは、必要ありませんでした。メールをやりとりする相手が
 いませんでしたから。パソコン通信のメールで十分だったのです。
 加入したプロバイダのアクセスポイントが隣の県しかなくて電話代が
 月に3万円くらいかかり、高額電話料使用者を対象とした豪華
 景品の当たる抽選の案内がNTTから届いたりしました。

 と、書き始めてみたものの、10年以上前のことで、断片的かつ
 あいまいな記憶しかありません。日本語のサイトは、ほとんどなく、
 企業のページは、面白くもなんともなく、WWWよりも、FTPや、
 ニューズグループにアクセスすることが多かったのです。高価で
 扱いにくいパソコンは、なかなか、個人に普及せず、欧米に
 比べてインターネット利用率の低さが指摘され続けていた頃の
 ことですから、現代とは隔世の感があります。

 ところが、企業においては、このころから、徐々に、ワープロから、
 オフコン→パソコンへの切り替えが行われていきました。私は、
 企業におけるパソコン導入の起爆剤となったのは、Excel だと
 考えています。それまでの表計算の盟主ロータス1-2-3 が、巻物の
 世界だったのに対して、Excel は、ページを持つ本であり、格段に
 使い勝手が良かったのです。やがて、企業内のパソコンは、LANで
 結ばれ、グループウェアが普及していきます。NECのスター
 オフィスを我が社でも使っていました。私は、これを、イントラ
 ネットへと移行させるべく、力をそそいで、なんとか導入を果たし
 ました。しかし、やれ、スターオフィスでは、相手がメールを開いたか
 どうかがわかるのに、イントラメールではわからないだの、やれ、
 どーしたこーしたと、スターオフィスは良かった、イントラは使い
 にくいと社内の非難を浴びたのでした。メールを送り側責任から
 受け取り側責任、つまり、報告する側(部下)の責任ではなく、
 報告を受ける側(上司)の責任としていくことで、イントラメールを
 普及させていきました。部長会議開催の連絡をメールで送達
 するだけで、あとは、一切、何もしないなどということをやって
 いったのです。メールを開かない部長は、部長会議を無断欠席
 してしまいかねないことになり、いやでも、メールを開かざるを
 得ないようにと追い込んでいったのでした。グループウェア
 メールでは、○△部長がメールを開いていないので、会議の
 予定が伝わっていないことがわかるため、社内電話や、直接、
 メモを渡しに行ったりしていたのです。このため、朝一番に
 メールを開くという習慣がいつまでたっても身につかない部長が
 存在したのです。さらに、社内伝達の主たる手段をメールや
 社内文書からイントラの掲示板へと移行させていきました。
 さらに、最後の仕上げとして、イントラとインターネットを結び
 つけて、仕事にインターネットを利用するという文化を取り
 入れていったのです。そして、いよいよ、準備ができ、この
 イントラネットを使って社内にIT革命をと意気込んでいた矢先に
 配置転換を受け、さらに、その異動先で大立ち回りを演じて、
 2階級降格の基礎を固めることになるのですが、これはまた、
 別のお話。

 こうして、社会全体においても、まず、企業内でインターネットが
 普及し、それは、家庭に持ち帰るというカタチで個人も利用する
 ようになり、あとは、普及すれば普及するほど普及するという
 自己増殖的なプロセスを経て各家庭に普及しました。昨夜も
 ラストサムライを見ながら、あれ?この寺、どこかで見たことが
 あるぞ。ひょっとして…とインターネットで検索してみると思った
 とおり、書写山圓教寺でした。インターネットの個人普及には、
 ケータイも一役買ったのでしょうね。私は、いつも、不携帯です
 けれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)